大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)9170号 判決 1985年7月09日
原告
北川秀司
被告
岡野敏彦
主文
被告は原告に対し、金一、九一七万七、六五三円およびこれに対する昭和五七年五月二日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その二を被告の負担とする。
この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
被告は原告に対し、金三、〇〇〇万円およびこれに対する昭和五七年五月二日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第二請求原因
一 事故の発生
1 日時 昭和五七年五月二日午後九時三分頃
2 場所 大阪府三島郡島本町広瀬三丁目一三番九号先交差点
3 加害車 普通乗用自動車(大阪五八ち三二二七号)
右運転者 被告
4 被害者 原動機付自転車(島本町い一四四号・以下被害車という。)
運転中の原告
5 態様 本件交差点を東進しようとした被害車と南進しようとした加害車とが出合頭に衝突
二 責任原因
1 運行供用者責任(自賠法三条)
被告は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた。
2 一般不法行為責任(民法七〇九条)
被告は、加害車を運転して本件交差点を通過するに際しては、路面に一時停止の表示がなされていたのであるから、これを遵守するのはもとより、左右の安全を確認し、徐行進行しなければならないのに、これを怠り、一時停止せず、徐行もしないまま右方安全不確認の状態で本件交差点を通過しようとした過失により、本件事故が発生した。
三 損害
1 受傷、治療経過等
(一) 受傷
左大腿骨々折、左膝関節開放骨折、右膝十字靭帯及び側副靭帯損傷、左腓骨神経麻痺
(二) 治療経過
入院
昭和五七年五月二日から昭和五八年一月一四日まで
昭和五八年三月一四日から同年三月二九日まで
通院
昭和五八年一月一五日から同年三月一三日まで
昭和五八年三月三〇日から同年一二月三一日まで
(三) 後遺症
原告は、本件事故による傷害のため、両膝関節不安定、左足関節背屈不能、両膝引出現象、側方動揺により歩行は一キロメートル程度のみ可能で、階段昇降不安、つまずき易く立仕事不能の後遺障害を残した(症状固定日は昭和五八年一二月三一日ごろ)。
原告は、右後遺障害により、自賠責調査事務所において、左足関節の著しい機能障害(一〇級一〇号)左膝関節の障害(一二級七号)により九級相当とされ、これに右膝関節の障害(一二級七号)を併合して八級と認定された。
2 治療関係費
(一) 入院雑費 二七万四、〇〇〇円
入院中一日一、〇〇〇円の割合による二七四日分
(二) 入院付添費 一〇九万六、〇〇〇円
入院中近親者が付添い、一日四、〇〇〇円の割合による二七四日分
(三) 通院交通費 七万五、六〇〇円
公共交通機関を利用した片道一四〇円の割合による二七〇日分
3 逸失利益
(一) 休業損害
原告は、事故前年の昭和五六年三月高校卒業と同時に明倫産業(株)に就職し、初任給は本給で月額九万五、〇〇〇円であつたのが、昭和五七年四月には一〇万五、〇〇〇円に昇給した。仮りに、本件事故がなければ、原告の昭和五八年四月以降の本給は一〇%昇給した筈であつた。また、原告は事故前一か月平均一万三、五七〇円の付加給も支給され、かつ、減額された賞与分も含めると、原告は、本件事故により休業を余儀なくされた期間中、合計三九〇万五、九〇〇円の収入を失なつた。
(二) 将来の逸失利益
原告は、前記後遺障害のため、その労働能力を四五%喪失したものであるところ、原告の就労可能年数は昭和五八年一二月三一日から四六年間と考えられるから、原告の将来の逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、二、四二三万九、五〇二円となる。
計算式
(12万9,070円×12か月+74万円)×0.45×23.534=2,423万9,502円
4 慰藉料 九二二万円
内訳
傷害分 二五〇万円
後遺症分 六七二万円
5 弁護士費用 三〇〇万円
四 本訴請求
よつて内金として請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は民法所定の年五分の割合による。)を求める。
第三請求原因に対する被告の答弁
一の事実は認める。
二の1は認める。
二の2は被告に右方安全確認不十分の過失があつたことは認め、その余は争う。
三の事実中、1の(一)、(二)は認め、かつ、1の(三)のうち自賠責調査事務所における等級
認定の事実は認めるが、その余の三の事実は争う。
第四被告の主張
一 過失相殺
本件事故の発生については原告にも減速義務違反、安全確認義務違反の過失があるから、損害賠償額の算定にあたり過失相殺されるべきである。
すなわち、本件交差点は、被告通行道路が左方にある広路で、センターラインがあり、原告通行路は右方にある狭路であつて、被告通行路には、公安委員会の道路標識による規制のない道路状況であつたから、被告に優先通行交差点となつているところを、原告は前側方を全く注視せず、安全不確認のまま、しかも、減速することなく本件交差点に進入した過失がある。
二 損害の填補
本件事故による損害については、次のとおり損害の填補がなされている。
(一) 丸茂病院宛直接払治療費 四三万円
(二) 原告へ直接支払 二六〇万三、四四〇円
右合計金三〇三万三、四四〇円
第五被告の主張に対する原告の答弁
一の事実は否認する。
二の事実は認める。
第六証拠
記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおり。
理由
第一事故の発生
請求原因一の事実は、当事者間に争いがない。
第二責任原因
運行供用者責任
請求原因二の1の事実は、当事者間に争いがない。従つて、被告は、民法七〇九条につき判断するまでもなく、自賠法三条により、本件事故による原告の損害を賠償する責任がある。
第三損害
1 受傷、治療経過等
請求原因三1(一)(二)の事実は、当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一五ないし第一八号証及び当事者間に争いのない事実によれば、請求原因三1(三)の事実が認められる。
2 治療関係費
(一) 治療費
被告の主張二の(一)の事実は、当事者間に争いがない。右によれば、原告は本件事故による傷害のため、丸茂病院において自己負担分治療費として合計四三万円を要したことが認められる。
(二) 入院雑費
原告が二七四日間入院したことは、前記のとおりであり、右入院期間中一日一、〇〇〇円の割合による合計二七万四、〇〇〇円の入院雑費を要したことは、経験則上これを認めることができる。
(三) 入院付添費
成立に争いのない甲第九、第一〇号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨と経験則によれば、原告は前記入院期間中少なくとも六五日間母の付添看護を要し、その間一日三、五〇〇円の割合による合計二二万七、五〇〇円の損害を被つたことが認められる。右金額を超える分については、本件事故と相当因果関係がないと認める。
(四) 通院交通費
成立に争いのない甲第一五号証、原告本人尋問の結果によれば、原告は前記通院のため少なくとも合計七万五、六〇〇円の通院交通費を要したことが認められる。
計算式
140円×2×270日=7万5.600円
3 逸失利益
(一) 休業損害
成立に争いのない甲第一八、一九号証、第二〇号証の一、二、第二一号証の一、二、原告本人尋問の結果によれば、原告は、事故前年の昭和五六年三月に高校を卒業し、同時に明倫産業(株)に就職して店舗内の営業社員として勤務していたが、本件事故による傷害のため、昭和五七年五月三日から、症状固定した昭和五八年一二月三一日まで休業を余儀なくされたこと、同社入社時の原告の初任給本給は月額九万五、〇〇〇円であつたが、一年後には月額一〇万五、〇〇〇円に昇給し、本件事故による欠勤がなければ、昭和五八年四月からは月額一一万五、五〇〇円となつていたこと、一方、原告の同社における付加給としては、通勤交通費として毎月一万三、五七〇円支給されていたこと、原告の同社での賞与をみると、入社年の昭和五六年度は、夏期で九万五、〇〇〇円、冬期で一九万円の支給が、本件事故による欠勤がなければ、昭和五七年度は、夏期で三五万円、冬期で三五万円+α、昭和五八年度は、夏期で三七万円、冬期で三七万円+αがそれぞれ支給されることとなつていたことが認められ、右事実によれば原告の本件事故による休業損害は、原告の各月における不支給本給と、不支給ボーナスとを合算したものというべきであるから、その合計金は三六三万四、五〇〇円となる。
計算式
10万5,000円×11か月+11万5,500円×9か月+(35万円+35万円)S57年度ボーナス+(37万円+37万円)S58年度ボーナス=363万4,500円
(二) 将来の逸失利益
右認定の原告の症状固定時における年収、前記認定の受傷並びに後遺障害の部位程度によれば、原告は前記後遺障害のため、昭和五九年一月一日から一〇年間はその労働能力を四五%、その後の一〇年間はその労働能力を三〇%、更にその後の一五年間はその労働能力を二〇%それぞれ喪失するものと認められ、原告の将来の逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、一、三八九万七、二六七円(円未満切捨て。以下同じ。)となる。
計算式
症状固定時より10年間
(11万5,500円×12か月+74万円)×0.45×7.9449=症状固定時の原告の年収
760万0,885円
その後10年間
212万6,000円×0.3×(13.6160-7.9449)=361万7,027円
更にその後15年間
212万6,000円×0.2×(19.9174-13.6160)=267万9,355円
なお、被告は、原告が現在住友特殊金属(株)に勤務していることを把えて、原告に将来の逸失利益は生じない旨主張するが、原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故による後遺障害のために転職を余儀なくされ、職業安定所の紹介により住友特殊金属(株)で試用勤務となつたが、同社における勤務が三交代制であつて立仕事の工員であるため、同社の便宜により車椅子を与えられて勤務は続けているものの、休息時間をとりながらの勤務であるところから、将来は、再度の転職も考慮しなければならない状況であること、原告の同社における職種から、現在でも給料は月額一〇万円程度であつて、明倫産業(株)に勤務していた際の支給金額よりも低額となつていることは明らかであり、将来の昇給を考慮しても、同社に工員として勤務するときの給与と、明倫産業(株)で営業社員として勤務するときの給与とを比較し、前者の方が後者の支給金員より減額することはあつても、これと同等又は増額するものとは必ずしもいえないことが認められ、右事実及び前記認定の原告の後遺障害の内容及びその程度並びに原告が前記後遺障害にも挫けず、職安の紹介で就労し、工員として精勤し、努力していることを考慮すれば、原告の将来の逸失利益を前記の如く認定するのが相当と考えられるから、被告の右主張は採用しない。
4 慰藉料
本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、治療の経過、後遺障害の内容程度、原告の年齢、その他諸般の事情を考えあわせると、原告の慰藉料額は七一〇万円とするのが相当であると認められる。
第四過失相殺
一 成立に争いのない甲第三ないし第七号証、第一一、第一二号証、原・被告各本人尋問の結果によれば、
1 本件事故現場付近の道路状況は、別紙図面のとおりの道路状況であつて、南北道路を南進してくる車両運転手にとつて、本件交差点右の空地(雑草)には雑草が茂り、南々西若しくは北々西から本件交差点に進入してくる右方の見通しが悪く、また、本件交差点北々東道路は阪急京都線、東海道新幹線が高架で南北に走つているために更に見通しが悪いため、南北道路には本件交差点手前道路上に停止線が記され、かつ、「止マレ」の表示がなされていた。また、制限速度は、南北道路が時速三〇キロメートル、南々西道路が時速二〇キロメートルにそれぞれ制限され、かつ、南北道路は終日、大型車の通行が禁止されていた。なお、事故当時の天候は雨天であつた。
2 被告は、助手席に新田を乗せて京都から高槻市上牧の新田方へ向うべく、別紙図面南北道路を北から南へ向け、時速約四〇キロメートルの速度で加害車を運転し、信号機の設置されていない本件交差点を直進すべく、右方を十分に注視することなく、アクセル操作により時速約三五キロメートルに減速したのみで進行し、別紙図面<2>で約八・六メートル右前方の被害車<ア>を認め、あわててブレーキ操作をしたが間に合わず、別紙図面<2>から約七・四メートル進行した別紙図面<3>で被害車と衝突し、約三・七メートル進行した別紙図面<4>で停止した。
3 原告は、島本町立体育館から自宅へ帰るべく、南々西から北々東へ向い、時速約二五キロメートルで被害車を運転し、当時は雨が降つていたため眼鏡の水滴を右手人差指で拭ぐいつつ信号機により交通整理の行なわれていない本件交差点に至り、南北道路を進行してくる車両はないものと軽信し、時速約一五キロメートルに減速して進行中、別紙図面<イ>で加害車と衝突し、約七・二メートル右方の別紙図面<エ>に転倒した。
4 加害車は、事故後、前部右側バンバー、フェンダー、ボンネット、ライト、エプロン、ラジエーターグリル等が破損しており、被害車は、ガソリンタンク左側など破損していたが、車体は本件事故による衝撃のため、燃焼しており、詳細は不明であつた。
二 右事実によれば、原告は、原付自動二輪車を運転して本件交差点を進行するに際しては、左右道路の安全を確認して進行すべきであるのに、これを怠り、交通閑散に気を許し、時速約一五キロメートルに減速したのみで本件交差点を通過しようとした過失により、加害車右前部と被害車右側方部を衝突させた過失が認められるところ、被告には、加害車を運転して信号機により交通整理の行なわれていない本件交差点を通過進行するには、制限速度を遵守するのはもとより、一時停止または徐行して左右道路の安全を確認すべき注意義務があるのに、これを怠り、交通閑散に気を許し、時速約三五キロメートル(制限速度は時速三〇キロメートル)に減速したのみで左右道路の安全を十分に確認しないまま本件交差点を通過しようとした過失により本件事故を発生させたことが認められ、その他、本件交差点付近の道路状況、車種等諸般の事情を考慮すると、過失相殺として原告の損害の二割を減ずるのが相当と認められる。
そうすると、原告が被告に請求しうる金員は、前記損害総合計二、五六三万八、八六七円の八割に相当する二、〇五一万一、〇九三円となる。
第五損害の填補
被告の主張二の事実は、当事者間に争いがない。
よつて原告の前記損害額から右填補分三〇三万三、四四〇円を差引くと、残損害額は一、七四七万七、六五三円となる。
第六弁護士費用
本件事案の内容、審理経過、認容額等に照すと、原告が被告に対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は一七〇万円とするのが相当であると認められる。
第七結論
よつて被告は原告に対し、一、九一七万七、六五三円、およびこれに対する本件不法行為の日である昭和五七年五月二日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 坂井良和)
立会人(被疑者)岡野敏彦の説明
<省略>